利用者の話が、記録や他の職員の見聞きした事実と食い違うことがあります。「昨日お風呂に入っていない」「職員に叩かれた」「家族が来た」と言うが、記録ではそうなっていない。こういうとき支援者が最初にしたくなるのは「本当か嘘か」を見分けることです。しかし、話が事実と食い違う背景には互いに機序の異なる現象があり、それぞれ正反対の対応が求められるうえに、どの機序かを判定するのは医療の仕事で、現場に診断権限はありません。本記事の結論は「見分けないまま、どう扱うか」に置きます。
この記事の範囲:本記事は、診断や原因の特定、「嘘かどうか」の見分け方を扱いません。扱うのは、どの機序であっても共通する受け止め方・記録の書き方・つなぎ先です。検索でよく使われる「虚言癖」という語は、DSM-5-TR にも ICD-11 にも存在しない俗語で、診断名ではありません。本記事ではこの語を障害特性として扱わず、確立した概念に置き換えて説明します1。
全体像(どの機序でも共通する5原則)#
| 原則 | 内容 | 根拠 |
|---|---|---|
| 1. 判断せずに聞く | 聞き取りは事実の調査であって判断の場ではない。判断は後で、記録と他の情報を合わせて総合的に行う | 厚生労働省 虐待防止・権利擁護指導者研修資料2 |
| 2. 誘導しない・自由報告を得る | 「○○さんが叩いたの?」のように具体的な情報を示す質問は記憶の汚染を招く。「何があったか、最初から最後まで全部話してください」と本人の言葉で話してもらう | 同2 |
| 3. 本人の言葉と観察事実を分けて記録する | 「本人『職員に叩かれた』と発言」と「右前腕に2cmの発赤を確認」を同じ欄に混ぜない。記録者の解釈は書かない | 171号第19条、同研修資料23 |
| 4. 安全・権利に関わる訴えは信憑性を判断せず通報・相談する | 虐待を受けたと思われる障害者を発見した者は速やかに市町村に通報する義務がある。通報前に事実確認を繰り返さない | 障害者虐待防止法第7条・第16条、同研修資料24 |
| 5. 繰り返し聞かない | 聴取を繰り返すと記憶の低下・変遷・汚染が起き、嫌な体験では精神的な二次被害も生じる。確認は「誰が」「どうした」程度の簡易な聞き取りに留める | 同研修資料2 |
この5原則は、作話でも、迎合でも、妄想でも、衝動的な発言でも同じです。機序を見分けなくても実行できるのがこの原則の意味です。
この分野をもう少し深く聞きたいなら無料セミナーの日程を見る
機序が違うと、正反対の対応になる#
見分けなくてよいと言いながら機序を説明するのは、「訂正すればよい」「信じればよい」という単純な対応が、ある機序では逆効果になることを理解するためです。
作話(記憶の欠損が埋められる)#
高次脳機能障害の記憶障害では、作話がみられることがあります。作話とは「実際に体験しなかったことが誤って追想される現象」で、内容が変動することがあり、会話の中で一時的な記憶の欠損やそれへの当惑を埋めるような形で出現する「当惑作話」は、多くは外的な刺激により出現し、検者の質問によって誘発されます5。
対応上のポイントは、作話は欺く意図を伴う「嘘」ではないこと、そして質問が作話を誘発することです。「昨日何をしましたか」と尋ねるほど、記憶の欠損を埋める語りが出てきます。訂正しても本人は体験として追想しているので、言い争いになるだけです。記録には「本人は『家族が来た』と語る(面会記録なし)」と、語りと事実を並べて残します。
被暗示性・迎合(質問が答えを作る)#
厚生労働省の虐待防止・権利擁護指導者研修資料は、障害のある人への事実確認では暗示や誘導の影響、迎合性に配慮した聴取が必要だとし、面接者が権威的であったり逆に友達のようであったりすると被面接者は迎合する可能性があると注意しています2。
対応上のポイントは、作話と逆に、聞き手の側が答えを作ってしまうことです。「叩かれたんでしょう?」と聞けば「はい」と答え、「叩かれていないよね?」と聞いても「はい」と答えうる。だから研修資料は、クローズド質問(「はい」か「いいえ」、「A」か「B」を選ぶ質問)を避け、自由報告を求め、「わからない」「知らない」「間違っている」と言ってよいことを面接の約束事として伝え、練習することを求めています2。作話では「質問が語りを誘発する」、迎合では「質問が答えを決める」。どちらも質問を減らすのが対応ですが、訂正の意味は正反対です。作話を訂正しても語りは変わらず、迎合している人を訂正すると本人の答えが変わってしまいます。
脱抑制・衝動的な発言(考える前に出る)#
高次脳機能障害の社会的行動障害では、「急な話題転換、過度に親密で脱抑制的な発言」などの社会的スキルの低下や、「選択肢を分析しないため即時的に行動して、失敗してもしばしば同様な選択を行ってしまう」実行の障害が説明されています5。
対応上のポイントは、発言の内容を本人の意図や信念として扱わないことです。その場で出た言葉を「嘘をついた」と評価すると、本人にも支援者にも不利益しかありません。時間を置いて落ち着いた場面で、自由報告の形で確かめます。
妄想(説得しても変わらない確信)#
厚生労働省は妄想を「ほかの人にとってはあり得ないと思えることを確信してしまうこと」で、「周りが違うと説得しても受け入れられません」と説明しています6。統合失調症の陽性症状(幻覚・妄想)として知られます7。
対応上のポイントは、「事実と違う」と説得することが機序上効かないことです。否定も同意もせず、本人が困っていること(怖い、眠れない)の方を聞き取り、主治医・精神科医療につなぎます。被害的な内容(「職員に毒を盛られている」)は、妄想であっても虐待の訴えとしての扱いを省略しないことが原則4です。信憑性の判断を現場で行わず、通報・相談の手続きに乗せます4。
「虚言癖」と作為症#
「虚言癖」は診断名ではありません。意図的に症状を作り出す状態として DSM-5-TR には作為症(Factitious Disorder)、ICD-11 には 6D50 作為症が別に定義されていますが、これに当たるかどうかの見立ては医療の領域で、支援者が判定することではありません1。現場でできるのは、原則1〜5を守って記録を残し、必要なら主治医や相談支援専門員と情報を共有することです。
記録の書き方#
運営基準第19条は、サービスを提供した際に提供日・内容その他必要な事項をその都度記録し、利用者から提供したことの確認を受けることを求めています3。話が事実と食い違う場面の記録は、次の3つを分けて書きます。
| 欄 | 書くこと | 例 |
|---|---|---|
| 本人の発言 | 本人の言葉をそのまま。要約や言い換えをしない | 本人「昨日Aさんに押された」と発言(13:10、食堂) |
| 観察した事実 | 支援者が見た・測った・確認したこと | 左膝に直径3cmの青あざを確認。昨日の記録に転倒・接触の記載なし |
| 対応 | 誰に、何を、いつ伝えたか | 13:30 管理者に報告。14:00 市町村虐待防止センターに通報 |
研修資料は、筆記役は言葉を挟むことなく記録に徹すること、録音録画が難しい場合でも記録を残すこと、被面接者が応答を変遷させればそれがそのまま記録されることを示しています2。「嘘をついている」「作話と思われる」といった記録者の評価は書きません。評価が必要なら、それは医療や相談支援の記録です。記録の様式と保存はサービス提供記録の書き方を参照してください。
虐待が疑われる場合#
障害者虐待防止法は、養護者または障害者福祉施設従事者等による虐待を受けたと思われる障害者を発見した者は、速やかに市町村に通報しなければならないと定め、守秘義務はこの通報を妨げず、施設従事者等は通報を理由に解雇その他不利益な取扱いを受けないとしています4。「思われる」で足り、確証は不要です。
研修資料は、通報前に施設職員・家族が聴取すると、記憶の低下・変遷・汚染が起き、嫌な体験を繰り返し報告することで精神的な二次被害が生じると述べ、確認が必要な場合も「誰が」「どうした」程度の簡易な聞き取りに留めて速やかに専門機関に通報し、専門的な聴取は通報を受けた専門職員が行うとしています2。作話や妄想の可能性があると感じても、現場で信憑性を判断して通報を止めることはしません。虐待防止の体制は虐待防止措置未実施減算を参照してください。
医療・相談支援につなぐ場面#
次のような場面は、支援者の関わり方の工夫では足りず、見立てが必要です。
- 事実と食い違う語りが続き、本人の生活(服薬・食事・睡眠・対人関係)に支障が出ている
- 被害的な確信が強まり、本人や周囲の安全に関わる
- 記憶の欠損が急に目立つようになった(受診歴のない高次脳機能障害や認知機能の変化の可能性は医師が判断する)
- 本人が自分の語りと周囲の認識のずれに苦しんでいる
つなぎ先は、主治医(精神科・リハビリテーション科)、相談支援専門員(サービス等利用計画の見直し)、高次脳機能障害の支援拠点機関や精神保健福祉センターです。「嘘つきかどうか」ではなく「生活にどんな支障が出ているか」を伝えると、医療・相談支援側が動きやすくなります56。
よくある質問#
Q. 利用者が「嘘」をついていると他の職員が言います。記録にそう書いてよいですか#
書きません。記録には本人の発言と観察した事実を分けて残し、評価は書きません。「嘘」かどうかは機序の判定を含み、現場で判断する事項ではありません23。
Q. 訂正した方がよい場面と、しない方がよい場面は#
機序によって正反対になるため、見分けられない以上「訂正で解決しようとしない」が原則です。作話は訂正しても語りが変わらず、迎合は訂正で答えが変わってしまい、妄想は説得が効きません。訂正ではなく、自由報告を得て記録し、必要なら医療・相談支援につなぎます256。
Q. 虐待を訴えていますが、明らかに作話だと思います。通報しなくてよいですか#
通報します。法は「虐待を受けたと思われる障害者を発見した者」に通報義務を課しており、信憑性の判断は通報を受けた側が専門的な聴取で行います。通報前に繰り返し確認すること自体が、記憶の汚染と二次被害を生みます24。
Q. 「はい/いいえ」で答えてもらう方が本人には楽では#
質問者が示した情報(人名・行為)が記憶を汚染し、迎合しやすい人は質問の方向に答えてしまいます。短く、ゆっくり、本人の言葉で話してもらい、「わからない」「知らない」と言ってよいと伝えるのが研修資料の方法です2。
Q. 作話と妄想はどう違いますか#
作話は記憶の欠損が埋められる現象で質問により誘発され、妄想はあり得ないことへの確信で説得しても受け入れられません。ただし本記事は見分け方を扱いません。どちらであっても、原則1〜5は同じです56。
制度上の根拠・出典#
- 障害者総合支援法に基づく指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準(平成18年厚生労働省令第171号)第19条3
- 障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律(平成23年法律第79号)第7条・第16条4
- 厚生労働省「令和8年度障害者虐待防止・権利擁護指導者研修資料 聞き取り面接における留意事項」(仲真紀子・2026年)2
- 国立障害者リハビリテーションセンター 高次脳機能障害情報・支援センター「主要症状の解説」(2026年10月閲覧)5
- 厚生労働省「こころもメンテしよう」統合失調症、「こころの耳」用語解説 統合失調症(いずれも2026年10月閲覧)67
- DSM-5-TR(American Psychiatric Association, 2022)・ICD-11(WHO)1
Footnotes#
-
American Psychiatric Association『DSM-5-TR 精神疾患の診断・統計マニュアル』(日本語版 医学書院・2023年)に「虚言癖」という診断名は存在せず、作為症(Factitious Disorder)が定義されている。WHO「ICD-11」6D50 Factitious disorders (https://icd.who.int/browse/2025-01/mms/en) ↩ ↩2 ↩3
-
厚生労働省「令和8年度障害者虐待防止・権利擁護指導者研修資料 聞き取り面接における留意事項」(立命館大学 仲真紀子)p.1〜3(暗示・誘導・迎合性、通報前の聴取による記憶の低下・変遷・汚染、精神的な二次被害、簡易な確認と通報)、p.7〜8(面接者の中立、判断せずに聞きとる、自由報告)、p.11〜13(面接の約束事:本当のことを話す・わからない・知らない・間違いを訂正する)、p.28〜30(本人の言葉で、応答の変遷はそのまま記録、はっきり・ゆっくり・短く) (https://www.mhlw.go.jp/content/001744240.pdf) ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6 ↩7 ↩8 ↩9 ↩10 ↩11 ↩12 ↩13 ↩14
-
厚生労働省「障害者の日常生活及び社会生活を総合的に支援するための法律に基づく指定障害福祉サービスの事業等の人員、設備及び運営に関する基準」(平成18年厚生労働省令第171号)第19条(サービスの提供の記録) (https://laws.e-gov.go.jp/law/418M60000100171) ↩ ↩2 ↩3 ↩4
-
「障害者虐待の防止、障害者の養護者に対する支援等に関する法律」(平成23年法律第79号)第7条(養護者による障害者虐待に係る通報等)・第16条(障害者福祉施設従事者等による障害者虐待に係る通報等) (https://laws.e-gov.go.jp/law/423AC1000000079) ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
国立障害者リハビリテーションセンター 高次脳機能障害情報・支援センター「主要症状の解説」(記憶障害:作話は実際に体験しなかったことが誤って追想される現象、当惑作話は検者の質問によって誘発される/社会的行動障害:過度に親密で脱抑制的な発言/遂行機能障害:選択肢を分析しないため即時的に行動) (http://www.rehab.go.jp/brain_fukyu/rikai/shoujou/) ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5 ↩6
-
厚生労働省「こころもメンテしよう〜若者を支えるメンタルヘルスサイト〜」統合失調症(妄想とは、ほかの人にとってはあり得ないと思えることを確信してしまうこと。周りが違うと説得しても受け入れられません) (https://www.mhlw.go.jp/kokoro/youth/stress/know/know_03.html) ↩ ↩2 ↩3 ↩4 ↩5
-
厚生労働省「こころの耳:働く人のメンタルヘルス・ポータルサイト」用語解説 統合失調症(陽性症状(幻覚・妄想)と陰性症状) (https://kokoro.mhlw.go.jp/glossaries/word-1657/) ↩ ↩2